++御殿場から


vol.1 雪煙(せつえん)
vol.2 もみじいちご
vol.3 星の夜とてんぷら
vol.4 自然がくれた心の贈り物

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雪煙(せつえん)
冬の富士山。朝日が当たった瞬間雪に覆われた富士山は緋色に染まり、
それまでしーんと凪いでいた冷たい空気が動き、風が生まれます。
かじかむ指を擦りながら、私達は太陽の温かさ、ありがたさを身を持って感じられるのです。

2002.6

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もみじいちご

日本列島もそろそろ本格的に梅雨入りですね。
富士山麓でも同じように雨に降り込められる季節がやってきました。

家の中だけで過ごすのが何日も続くと、家中がストレスの塊のようになってしまいます。
(>我が家だけ?)
そんな時は雨でもなんでもちょっとだけお散歩に出てみましょう。
カッパを着込んで長靴を履いた子ども達は、
嬉しくて嬉しくて玄関から飛び出さんばかりの勢いです。

雨露に濡れた赤いヘビイチゴを夢中で摘んだり、黄色く熟れたモミジイ
チゴ(木いちごの一種)を頬張ったり、わざと水たまりに入ってばしゃば
しゃしたり…僅かな時間でも子どもがリフレッシュし、
それを見る私の心も開放されていく気がしました。

雨の多い季節は、ちょっとした茂みに小さな花が咲いていたり、
あじさいの蕾が急に大きくなりだしたり、庭の雑草達が元気になったり、
と実に変化に富んだ季節でもあります。
街の木々も、きっと一雨毎に緑が濃くなって夏の気配を感じさせているはず。
葉っぱについた雨粒をよく見てみると、覗き込んでいる自分が写っていたり、
小さな虹を抱いていたりしますよ。
「雨」というだけで億劫にならずに、この時期だけの楽しみを見つけに
出かけてみてはいかがでしょうか。

2002.7

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星の夜とてんぷら

夏、私たち夫婦は非常に忙しい日常を過ごしており、
子ども達は連日保育園に通って過ごしました。
仕事に忙殺されて擦り減って行く自分を感じながら過ごす、
肉体的にも精神的にも一年中で一番ハードな季節でもあります。

夏も終わりに近づき一息つけるようになった頃、ふと見上げた夜空には星がいっぱい!!!
しばらくぶりに見た、本当に美しい星空でした。
「最近富士山に行ってないなぁ」と呟いたら、
夫が『今日行こうよ』と即答してくれました。
標高約2000mの駐車場から、ほんの少し火山荒原を歩きます。
夏山の終わりの時期で、夜行登山をする人で駐車場はぎっしりなのに、
私たちと同じ道を行く人は一人もいません。
駐車場を離れると自動車の眩しいライトも、
登山者のヘッドランプのゆらめきも、
そして人々の声や足音さえも全部が消えて、
しーーんとした静かな空間だけがそこに残るのでした。

家族4人の足音だけを砂の斜面にさくさくと響かせながら、
星明かりだけをたよりに歩きました。
星座が分らないくらいびっしりと見える星空。天の川も今年一番のくっき
りさでした。私たちの真上には白鳥座があって、
こども達でも十文字を描くことができました。

上の子がほんの赤ちゃんの頃から、星の夜にはよく散歩に出かけました。
そして夫が必ずこどもにするのが「天然プラネタリウム(略:てんぷら)」です。
こどもを仰向け(赤ちゃん抱っこですね)に抱いて、ゆっくりゆっくり回るのですが、
我が家のこども達はふたりとも、
これをしてもらうと声も出さずにじーーーっと空を見詰めています。
こどもの澄んだ眼に映る星空を眺めながら、平和な静かさを味わう大好きな時間です。

富士山からは初冠雪のたよりが届きました。
草黄葉(くさもみじ)も進んで、本格的に秋がやってきました。これからの
季節、夜空には明るい星が増えて空気も澄むので星が見やすくなります。
大好きな人達と、星空のお散歩を楽しんでみてはいかがですか?

2002.10

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自然がくれた心の贈り物

私たち夫婦は、子どもがやってくるまではよく山登りをしました。 富士山の大きさを体感してみたくて、麓をぐるっと1周回ったり、海抜0mから歩いたりもしました。

海抜0mから歩いた時は、朝まだ明けやらぬ内からとっぷり日が暮れて真っ暗になるまで歩きました。1日めの行動時間はおよそ17時間。登下山をした2日めはおよそ10時間。夫と二人きり、会話をするでもなく黙々と歩いていたその時間は、後になって思えば、まさに自分自身と向き合う時間でした。

最初は花を見たり道端で休憩するのも楽しかったけれど、日が暮れて身体も疲れきってしまう頃には、道路歩きで痛む足を機械的に動かしながら、いったいいつになったら目的地に着くのか、そればかりを考えていました。街の灯りも届かない、山小屋も閉まっている時期の夜は本当に真っ暗で、夫と自分のヘッドライトだけが頼みの綱。自分がいったいどこにいるのか、どこに行こうとしているのか、ちゃんと着けるのか、いつ終点がやってくるのか。。。そんな不安で一杯でした。

それでも、カメのような歩みであっても歩き続けてさえいれば必ずゴールはあるもので、私たちも無事にゴールに辿り着きました。誰かが見ていた訳でも、やり遂げたら誰かが誉めてくれる訳でもなかったけれど、疲れきってボロボロになりながらも楽しくて、とても大きな達成感を得られた体験でした。

歩いている間、自分の胸にあった一番大きな問いは、“なんでこんなことやってるの??”でしたが、その答えは後からじわじわとにじみ出てきたように感じています。想像できないような大きな問題にぶつかった時、また苦しくて辛くて這い出せないようなことが起こった時、この海抜0mからの富士登山を思い出します。大きな自然に体当たりで臨んだこと。そして自分の足でゴールに辿り着いたこと。押しつぶされそうな不安感と闘ったこと等々、あれを乗り越えられてコレを乗り切れない訳がない!と不思議と力が湧いてくるような気がします。

友人にこの話をしたら、『それは人生そのものを経験したのと一緒だね』と言ってくれました。
先の見えない不安感をたくさん感じて乗り切ったこと、そのことこそが海抜0mからの富士登山から得た宝物だったのかもしれません。

この写真は私の勤務先の「ラウンドトップ」と呼ばれる場所からの富士山の眺望です。ゆったりとした稜線を左右に延ばして、麓の町をすっぽりと抱きかかえるような眺めを得られるところです。この近くには「黙想館」という建物があって、その中にある書にはこう書かれています。

われ山に向かいて目を仰ぐ 我が助けは何方より来るや
(われ やまにむかいて めをあぐ わがたすけは いずかたより きたるや)

昼休みにはいつもここに来て、山に向かい合っています。
我が助けは…自分の中に貯えたものからやってくるように、私は感じています。自然との出会いや自然から与えられる感動は、いつかひょっこり心の中によみがえってきたりして、いつかやって来る岐路や試練の時に耐えうる力を与えてくれる、そんな気がしています。

2003.5.

●しらさんのプロフィール●

はじめまして。“しら”です。
富士山の東側の麓の街、御殿場(正確には御殿場の近く)で家族4人で暮らしています。
仕事でもプライベートでもどっぷり富士山に漬かっている我が家では、
二人の子ども達も、生後2ヵ月頃から
“ふじさんぽ”(=富士山でのお散歩の意の私の造語です。)を楽しんでいます。

一般的には、人やゴミで溢れた大きな砂の山、遠くから見るべき山という印象が強い富士山ですが、
人が殆ど入ることのない原生 林や夜は、静かで穏やかでとても美しく、平和な場所でもあります。
世界の7つの聖域(チャクラと言うそうですね)の中でも富士山は、
最も威厳のある「クラウンチャクラ」なのだそうです。

私たちの大好きな富士山を、私たちの目線でお伝えできたらいい なと思っています。
そして、クラウンチャクラからのパワーもお裾分けできたら嬉しいです。



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